雪ウサギ

「日記」に書いたものですが、ばらばらなので、まとめてみました(^^ゞ


「雪ウサギ」

いくつの季節が窓の外を巡って行っただろうか
イヴの日が誕生日だなんてどうなんだろう
6回目の誕生日
姉さんはボクのために雪ウサギを作ってくれた
一回りも違うボクの姉さん
綺麗な長い髪が素敵だったのに
ボクが髪を切ったら姉さんも切ってしまった
ボクは寝てばかりで鬱陶しいから切っただけなのに
どうしてなんだろう
ボクの憬れの姉さん
ボクもあんな風に綺麗になれたらって思うんだけどなぁ

あの子が髪を切った
私と同じ艶やかな髪だったのに
寝てるのに邪魔だからってだけで
まるで起き上がることを諦めてしまったように
男の子のようにしてしまった
生まれたときからずっとベッドに縛り付けられ
漸く起き上がれるようになり
外に出る日も近かったのに
ちょっと大人びた子だから
学校に行けないことを気に病んだのかしら
同じ年の子は来年の春には学校に行く
それまでに間に合いそうもないから
あの子は諦めてしまったのかしら
そうでないと思いたい
でも…
悩んでも仕方がない
同じような私の髪
同じ長さにしてしまおう
きっとあの子は良くなる
そう信じて

去年もそうじゃったが今年もヒドイ
世の中に哀しみが溢れている
わしらを信じてくれぬ子どもたちにも
幸せを感じてもらいたくて
トナカイたちも頑張ってくれたが
あまりの哀しさに心が負けてしまったのか
半分も廻ったら倒れてしまった
哀しさに負けぬ心の持ち主に
そして人を慈しむ心の持ち主に
ソリを引いて貰わねばならない
寒さに負けぬ優しい心
そうじゃ、雪ウサギに頼もう
雪ウサギの長を見つけて助けてもらおう
…じゃが、どこにいるのじゃ?
北の国に住むはずの長はどこに行った?

何でここにいるのだろう
あまりに彼女の想いが強かったのか
その想いに繋ぎ止められてしまった
あの子の為に
仕方がない
この雪が融けてしまうまで
俺はここから動けない
あの子のそばから離れられない
あの子の為に

それは十二時の鐘がなる半瞬前だった
窓際には姉さんが作ってくれた雪ウサギ
折角のイヴだからカーテンを開けた窓辺に置いてくれたけど
明日の朝には融けちゃうのかな
そんなことを思いながらうつらうつらしてたけど
ふいに人の気配がして眼が醒めた
どこから入ってきたのだろう
雪ウサギのいる窓辺に誰かが佇んでいる
白い縁取りの赤い服
白いお髭に大きな袋
もしかしてサンタクロース?

「漸く見つけたよ」
その人が雪ウサギに向かって語りかける
「雪ウサギの長よ、頼むから手を貸してくれ」
「ダメだ」
低い声が応える
「俺は明日の朝まではここを離れられない」
「どうしてだね?」
「あの子の姉さんの想いが俺を捕らえているんだ」
「どうにかならんかね、トナカイどもも倒れてしまったし、お主らだけが頼りなんじゃが」
「そんなにヒドイのか」
「ああ、哀しみに溢れる街を廻るにはトナカイどもは優しすぎる」
「俺たちのように冷え切っていないとダメか?」
「まぁ、お主らでも厳しいかもしれんがな」

ボクのせい?
ボクのせいでサンタさんは苦労しているの?
寝ている振りをしてた僕の心臓がドキリとする
「どうしたの?」
ボクは思わず声をかけてしまった
ビックリしたサンタさんは思わず気まずそうな顔をし
すぐに笑顔でボクのほうに向いた
「いやぁ、トナカイの奴が熱を出してね」
「雪ウサギがその代わりなの?」
「まぁ、こいつが雪ウサギの長だからな」
「連れて行っちゃうの?」
「いや、ホンのちょっとの間だけじゃよ」
「じゃあ、ボクも連れて行って」
「え?」
「一度でいいから外に行きたかったんだ」
「ふうむ、こやつがごねたのもそのせいか…よかろう眼を瞑りなさい」
「こう?」

「この子がいくのならOKかな?」
「この子のそばにいるんだから大丈夫かな?」
「じゃあ、仲間たちを呼んでくれるかな」
「ああ、俺ら一族千余羽を呼び出そう」

赤い瞳に長い耳、脚などどこにもなさそうなのに
サンタのソリを多くの雪ウサギが引いている
雪はやみ、満天の星空の下をソリは滑っていく
「ねぇ、明日の朝までに間に合うの?」
「わしらは十二時の鐘の鳴っている、ホンの十数秒の間に一年分の働きをするのじゃ」
「十数秒で一年分?」
「もう既に半年分以上は配ったんじゃが、トナカイが疲れ果ててしまったんじゃよ」
「残り半年分を雪ウサギたちと配るんだ」
「ああ、君のお蔭でどうにか間に合いそうだ」
「みんなのところにプレゼントが届けられそうで良かったなぁ」
雪ウサギたちは次から次へと現れるけど
走っていくうちに削られて粉雪として散っていく
最後の一片は天上へ上り星になっていく
地上に舞い降りる雪と天上へと上る星
雪ウサギたちは命を賭して走り続ける
その眺めにボクはうっとりしていた
「窓の外ってこんな風だったんだ」
「ほう、初めてかな?」
「うん、生まれてからずっとベッドの上だったから、窓の外は初めてなんだ」
「窓の外だけでなく空の上まで楽しめたじゃろう」
「そうだね、今夜限りの最初で最後のことだけどね」
「…そうかな?」
「え?」
「これだけ頑張れたんだから、明日も窓の外に行けるかもしれんじゃろうて」
「そんなことができるの?」
「君が願えばな」
「ボクが願えば?」

広い地球を半周もしてお仕事は終わった
その時には長と呼ばれる一羽の雪ウサギしか残っていなかった
「長よ、苦労をかけたな」
「これもまた俺らの務めよ」
「願いはどうする?」
「そうだな…その子のもとにしばらくいるかな」
「気に入ったのか?」
「さてね」

「さて仕事はこれで終わりじゃ」
「お疲れ様でした」
「では戻るから眼を瞑りなさい」
「こう?」

気がつくと時計の針は十二時を廻りかけたところだった
窓辺には一羽のウサギがいた
まるで雪のように白くてふわふわした毛に覆われたウサギが
疲れきって眠っているようだ
「雪ウサギの長は本物のウサギになったのかな」
ボクはウサギに触ってみたくなった
ベッドから身体を起こし自分の足で立ってみる
ひんやりとした毛を撫でてみる
ああ、自分で立って歩けるのか…

夜が明けたとき、ボクはベッドの上にいた
窓辺から戻った覚えなどないのに
窓辺を見てみると何もいなかった
姉さんが作ってくれた雪ウサギは融けてしまった
あのウサギの毛の感触も夢だったのか

やれやれどうにか配り終わった
千余羽の雪ウサギたちのお蔭じゃな
長が封じられていたために
皆同じ姿をしていたが
ある者は地上に降る雪になり
ある者は天上に光る星になり
最後に残ったのは長一人
あの子のそばにおらねばならぬから
最後まであの姿で居ったのか
雪が融ければ自由になるものの
それでもそばに居るという
一体何があったのか
まぁ、春にはどこか行くんじゃろうなぁ…

夕べの出来事は夢だったのかな
窓辺に置かれた雪ウサギがサンタさんのソリを引き
ボクも一緒に空を飛んでお手伝い
気持ちを込めてプレゼント
みんな幸せでありますように
長くて短いワンナイトトリップ
その証のウサギはもういない

昨日作ってあげた雪ウサギ
朝までもってくれないんだろうなぁ
あの子が起きる前にそっとかたしておかなきゃ
何か別なものを…
あら?
あの子の部屋のドアの前にいるのは…
あのウサギ
ああ、そうだあの子の為に買ったんだっけ
昨日見せてあげるつもりが忘れて…
でもなんでここにいるのかしら
私はウサギを抱き上げてドアを開ける
「もう起きてる?」
あの子は顔だけこっちを向いた
「クリスマスプレゼントよ」

まぁ、これくらいは好いだろう
彼女が買ってきたと思わせるくらいは
もともと彼女の想いが強いから
俺がここにいるんだからな

「もう起きてる?」
姉さんがやってきた
「クリスマスプレゼントよ」
その腕の中には一羽のウサギが
その顔が悪戯っぽく笑った気がした

姉さんがウサギを抱いている
「長!」
思わず声を上げてしまった
「オサ?オサって何なの?」
「あ、いや、なんとなく…」
姉さんは知らないんだ
「まぁいいわ…抱いてみる?」
「うん」
「起き上がれる?」
「大丈夫だよ」
ふさふさした毛に包まれたウサギ
どこかひんやりとした手触り
やっぱり夕べの長だ、間違いない
でもウサギは知らん顔をしている
まるで普通のウサギの振りをしてる
僕に抱かれていても眠そうだ
もう少し寝かしてくれというように眼を瞑る
窓から差し込む陽射しが優しくボクらを包んだ

クリスマスの夜が更ける
窓の外には雪が舞う
十二時の鐘がなる半瞬前
長と呼ばれるウサギは後ろ足で立ち上がる
「おい、起きているか?」
低い声でボクに話しかける
ボクはまだ寝付けないでいた
昨日の夜の不思議な冒険
サンタクロースと雪ウサギのソリ
みんなにプレゼントを配りまわったはずなのに
何一つ変わらない朝が来た
いや、雪ウサギがウサギに変わっていた
雪のように白い毛に覆われたウサギ
赤い瞳に長い耳
どこか意味ありげな口元
姉さんに連れられてきたけれど
あれは夕べからここにいた
長と呼ばれた雪ウサギ
どうしてウサギになったのか

「うん、起きてるよ」
ボクは長に応える
「やっぱり夕べの長だったんだね」
ウサギが口元を歪める
笑っているつもりなんだろうか
「まぁ、あれだけ一緒にいれば解るかな」
呟くように低い声
「夜が明けるまでってことじゃなかったの?」
「まあな」
「なのにまだここにいるのはなぜ?」
「さてな」
「昼間は知らん振りしてたのはどうして?」
「いろいろあってな…時計を見てみろ」
ウサギは前足で時計を指差す
「あれ?止まっている?」
「そう見えるだろ?」
「え?」
「十二時の鐘が鳴っている間だけ時が歪むんだ」
「夕べのように?」
「普通は月の光があるときだけだけど、俺たちは雪の光でもこうしていられるんだ」
「雪ウサギだから?」
長は頷く
「夕べは特別な日だから1年分だったけど、普通は一日だったり、一週間だったり、一月だったり、まちまちなんだ」
長は説明を続ける
「雪さえあれば俺たちはいつでもこうしていられるけど、雪がなくなればそうも行かない」
「雪が融けたら話もできなくなるの?」
「月の光があればできるけど、俺もそうそう暇じゃない」
「長の務めがるの?」
「まあな…だから時が惜しい」
「え?」
「窓の外を歩きたいんだろう?」
「う、うん、そうだけど」
「自分の足で歩きたいんだろう?」
「…できるの?」
「お前次第だ…行くぞ」

合わせ鏡の魔法
不思議の世界へと誘う光
導くのは雪ウサギの長
まるで不思議の国のアリス
三月ウサギのお茶会に紛れ込んで
ハンプティダンプティに微笑み
チエシャ猫と知恵比べ
ハートのクィーンにトランプの衛兵
眠り姫にシンデレラ
起こしてくれる王子様はどこ
ピーターパンにウェンディ
キャプテンフックに気をつけろ

お花畑で一休み
心が弾む、笑顔がはじける
そんなボクの横で雪ウサギの長はすましている
「疲れたか?」
声が優しい
「うん、ちょっとだけ」
長の口元がにやりとしたようだ
「いい傾向だ…徐々に慣らしていこう」
「え?」
「ここは夢の世界だ…だけど心だけでいるんじゃなく、身体も来ているんだ」
「身体って…ボクの身体が?」
「そうだ」
「でも、ボクは歩いたりできない…」
「そう思っているだけだ…その気になれば歩ける」
「…そ、そんな…」
「でなければ夕べも出歩いたりできなかっただろうよ…ソリの中で寝込んでいるだけだったはずだ」
「…じゃあ…」
「100%の力が要るわけじゃないが、徐々に負荷を大きくすることもできる」
「ボクはホントに歩けるようになれるの?」
「そうだな、春になるまでにそうなって欲しいもんだな」
素っ気なさそうに長が言う
見つめるとどこか照れているようにも見えた

毎晩のようにボクと長は不思議の旅を続けた
南の島で舟遊びをしたり
高原でピクニックをしたり
岸辺で魚釣りをしたり
雲に乗って大空を翔けたり
楽しくてたまらなかったけど
昨日より今日、今日よりも明日
息が切れるようになったし
それが心地よくもなった
不思議な不思議な毎夜毎夜のアドベンチャー
いつまでも続くんだと思っていた

夜遊びをすれば朝が辛い
辛いけど清々しい
ボクはベッドに寝ているばかりでなく
起き上がっている時間も増え
いつしか窓辺に立ったり
車椅子で外に出たりできるようになった
姉さんもビックリしている
「これもあのウサギのお蔭かしら」
何も知らないけど感じるものがあるようだ
ボクの自慢の姉さん
髪も少しずつ伸びてきた
「…大学は行かないの?」
「…そうね…」
「ボクはもう大丈夫だからさ」
姉さんは笑うだけで応えてくれなかった

陽が徐々に延びていく
あれだけ積もっていた雪も減っていく
昼間は長はほとんど寝ていて動かない
それでも時折ピクリと耳が動くことがある
姉さんがボクの名前を呼ぶときだ
「百合」
どうしてなんだろう
ボクの名前が気になるのかな

「おい、起きているか?」
「うん」
「もうかなり動けるようになっただろう」
「そうだね、車椅子ももう要らなくなりそうだよ」
長は口元を歪める
喜んでくれているのだろうか
今夜も不思議な旅を始める
「ねぇ、長」
長の首だけこちらを振り返る
「長はどうしてボクのそばにいてくれるの?」
「さあな」
「姉さんがボクを呼ぶときピクリとするけど?」
長は応えない
「長の名前ってもしかして…」
長は立ち止まっていた
「俺もドジだなぁ」
呟くような声だった
「お前の姉さんが雪ウサギを作っていたときに一生懸命に祈るんだ…「百合、百合」ってさ」
長はそっぽを向いている
「俺にはそれが「ユーリ、ユーリ」って聞こえちまった」
「…ユーリ…」
「長に相応しいようにってユリウスって名前をつけられたけど、普通はユーリって呼ばれてる…だからかな」
「同じ名前だから?」
「姉さんの想いに捕まっちまったんだ、まるで俺のことを想ってくれてるみたいでさ」
長は照れくさそうに口元を歪める
「少しでも願いを叶えてやろうって…」
「…長」
「まぁ、それも今夜でおしまいかな」
「え?どうして」
「雪の季節ももう終わりだ…お前も歩けるようになったしな」
「長…」
「まぁ、たまには遊びに来てやるさ…百合」

夜が明けてボクの横でウサギは寝ていた
でももう長じゃない
ユーリという名を持つ雪ウサギの長
ボクのそばにずっといてくれたけど
春が来たからお別れなんだね

桜が咲く季節が来てボクは学校に行き始めた
姉さんも大学に行くようだ
ボクがもう大丈夫だから
ボクの自慢の姉さん
もっともっと輝いていて欲しい
いつかボクも姉さんみたいになるからね
ボクも髪を伸ばし始めた
ボクって言い方も辞めようかな
春風にスカートが揺れる
「ユーリ」
ボクの大好きな雪ウサギの長
二度と会うことはないかもしれないけど
絶対に忘れないよ
春の陽射しが暖かくボクを包んだ


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